講座詳細情報
申し込み締切日:2019-05-31 / 文学:その他教養 / 学内講座コード:19A1612101
編集者が語る素顔の作家たち 太宰治と周辺の人々
- 開催日
- 6月 1日(金)、 6月15日(土)
- 講座回数
- 2回
- 時間
- 15:00~16:30
- 講座区分
- 数回もの
- 入学金
- -
- 受講料
- 3,500円
- 定員
- 50
- その他
- 3,100円(※料金は、神奈川大学生・卒業生等および横浜市交流協議会加盟大学在学生に適用される料金です)
- 補足
※この講座の申し込みは既に締め切りました。
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講座詳細
【講座内容】
講師は大学在学中より、遠藤周作編集長の「三田文学」で編集者生活を始め、卒業後「新潮社」に入社。20 年在籍した後、出版社を設立しました。その間、40 年以上にわたって、編集者として多くの作家たちに接し、仕事を続けてきました。
今期は、太宰治の周辺にいた人々の証言から、太宰治の実像を描く試みです。太宰治は青森有数の資産家の御曹司に生まれながら、3 回もの心中事件を起こすような放蕩無頼の生活を送りました。しかし、彼の作品はおそらく昭和では最大数の読者をもち、いまだに読まれ続けている稀有な作家です。
太宰自身は昭和23 年に心中自殺していますが、講師は、彼と最も近い交友関係にあった作家の井伏鱒二氏、新潮社時代の先輩である太宰の担当編集者たち、娘の太田治子さん等々、太宰の周辺にいた人々と交流があり、それらの人々の証言はこの破滅型作家の生活、素顔を語って貴重です。
編集者ならではの視点から、文学者たちの素顔と実像を語ります。今回も2 回の講座です。
【講座スケジュール】
第1回 6月 1日(金) 「太宰治と井伏鱒二― 作家仲間との交友から見える実像」
詳細:学生時代に太宰が最初に頼ったのも、パピナール中毒の時に入院を勧めたのも、再婚の世話をしたのも、井伏鱒二であった。よく二人は旅をし、酒を飲み、気がつくといつも太宰は井伏鱒二のそばにいた。太宰治が作家になれたのは井伏鱒二がいたから、ともいわれるほど、両者の関係は深く、井伏の証言は太宰の実像を知る上で最も重要なものである。
― 講師は晩年の井伏鱒二さんの荻窪の家に通い、井伏さんから直接、太宰の話しを聞きました。荻窪の家に集った人の中で、作家の檀一雄やフランス文学者の河盛好蔵さんなども太宰に近い存在で、それらの人々の証言から、太宰の人間像を浮き彫りにします。
第2回 6月15日(土) 「太宰治を支えた編集者たち」
詳細:早くから太宰治の才能を見出し、育てた編集者として知られるのは筑摩書房の創業者、古田晁氏だった。戦後は新潮社が、社会現象にまでなったベストセラー『斜陽』を刊行し、太宰は売っ子作家になっていった。しかし、安定した作家生活を送るかに見えた太宰だったが、斜陽のモデルの太田静子との間に娘・治子が生まれ、1 千万円近い税金の督促を受け、絶えず金に困る生活だった。そんな中で『如是我聞』を「新潮」に連載して、文壇に波紋を起こす。志賀直哉をはじめとする大御所たちに罵詈雑言を浴びせたのだった。
― 講師は『斜陽』と『如是我聞』の担当編集者だった野平健一氏や太宰を世に出した「雑誌「新潮』の実力編集長斎藤十一氏を長年の上司としてきたほか、太宰の娘の太田治子さんら縁者と交流を持ってきました。周辺にいた人々の証言から、太宰の素顔を知り、その実像を明らかにします。
講師は大学在学中より、遠藤周作編集長の「三田文学」で編集者生活を始め、卒業後「新潮社」に入社。20 年在籍した後、出版社を設立しました。その間、40 年以上にわたって、編集者として多くの作家たちに接し、仕事を続けてきました。
今期は、太宰治の周辺にいた人々の証言から、太宰治の実像を描く試みです。太宰治は青森有数の資産家の御曹司に生まれながら、3 回もの心中事件を起こすような放蕩無頼の生活を送りました。しかし、彼の作品はおそらく昭和では最大数の読者をもち、いまだに読まれ続けている稀有な作家です。
太宰自身は昭和23 年に心中自殺していますが、講師は、彼と最も近い交友関係にあった作家の井伏鱒二氏、新潮社時代の先輩である太宰の担当編集者たち、娘の太田治子さん等々、太宰の周辺にいた人々と交流があり、それらの人々の証言はこの破滅型作家の生活、素顔を語って貴重です。
編集者ならではの視点から、文学者たちの素顔と実像を語ります。今回も2 回の講座です。
【講座スケジュール】
第1回 6月 1日(金) 「太宰治と井伏鱒二― 作家仲間との交友から見える実像」
詳細:学生時代に太宰が最初に頼ったのも、パピナール中毒の時に入院を勧めたのも、再婚の世話をしたのも、井伏鱒二であった。よく二人は旅をし、酒を飲み、気がつくといつも太宰は井伏鱒二のそばにいた。太宰治が作家になれたのは井伏鱒二がいたから、ともいわれるほど、両者の関係は深く、井伏の証言は太宰の実像を知る上で最も重要なものである。
― 講師は晩年の井伏鱒二さんの荻窪の家に通い、井伏さんから直接、太宰の話しを聞きました。荻窪の家に集った人の中で、作家の檀一雄やフランス文学者の河盛好蔵さんなども太宰に近い存在で、それらの人々の証言から、太宰の人間像を浮き彫りにします。
第2回 6月15日(土) 「太宰治を支えた編集者たち」
詳細:早くから太宰治の才能を見出し、育てた編集者として知られるのは筑摩書房の創業者、古田晁氏だった。戦後は新潮社が、社会現象にまでなったベストセラー『斜陽』を刊行し、太宰は売っ子作家になっていった。しかし、安定した作家生活を送るかに見えた太宰だったが、斜陽のモデルの太田静子との間に娘・治子が生まれ、1 千万円近い税金の督促を受け、絶えず金に困る生活だった。そんな中で『如是我聞』を「新潮」に連載して、文壇に波紋を起こす。志賀直哉をはじめとする大御所たちに罵詈雑言を浴びせたのだった。
― 講師は『斜陽』と『如是我聞』の担当編集者だった野平健一氏や太宰を世に出した「雑誌「新潮』の実力編集長斎藤十一氏を長年の上司としてきたほか、太宰の娘の太田治子さんら縁者と交流を持ってきました。周辺にいた人々の証言から、太宰の素顔を知り、その実像を明らかにします。
備考
【備考】
※この講座は、割引制度(5%)の対象外です。
※この講座は、割引制度(5%)の対象外です。
講師陣
名前 | 宮島 正洋 |
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肩書き | 元新潮社編集者、アートデイズ編集長 |
プロフィール | 慶應義塾大学フランス文学科卒業。大学在学中より遠藤周作編集長の『三田文学』で編集者となり、卒業と同時に新潮社に入社。いくつかの雑誌編集部を経て、社長直属のメディア室に移り、「新潮カセットブック」など新しい出版の開発に携わる。1992 年、新潮社を退社して出版社アートデイズを設立し、代表取締役・編集長となる。慶應大学出版会顧問として新しい出版を指導。日本手紙総合研究所理事長。C・W ニコルの著作権代理人も務めている。 |