講座詳細情報
申し込み締切日:2018-10-06 / 日本史:その他教養 / 学内講座コード:18B1611701
歴史に学ぶ人間力
- 開催日
- 10月20日(土)、11月17日(土)、12月 8日(土)
- 講座回数
- 3回
- 時間
- 13:30~15:00
- 講座区分
- 数回もの
- 入学金
- -
- 受講料
- 5,000円
- 定員
- 50
- その他
- 4500(※料金は、神奈川大学生・卒業生等および横浜市交流協議会加盟大学在学生に適用される料金です)
- 補足
※この講座の申し込みは既に締め切りました。
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講座詳細
【講座内容】
現代は混沌とした時代です。一方、歴史を見つめ歴史をひも解くと、歴史はいろいろなことを教えてくれます。このシリーズでは、さまざまな時代を生きぬいた為政者やある面で有名な人をとりあげ、彼らの足跡を辿ります。究極の問題が発生したとき、為政者やその人は、どのような事を考え、どのような行動をとったのか、そしてその難局をどのように乗り切っていったのか、究極の人間の行動をとらえます。人は困難に遭遇すると本質を表出します。歴史を題材に、ビジネスマンに必要なもの、生活者にとって大切なもの、その本質を追求します。
【講座スケジュール】
第1回10月20日(土) 宗武志の苦難―今日も妻は大丈夫か?
詳細:旧対馬藩(10 万石格)の第18 代藩主宗武志(宗家36 代当主)は、今日も妻のことが心配でした。妻は、1931 年(昭和6年)朝鮮王朝の最後の王女として、国策で日本(対馬)に嫁いで来た人でした。慣れない生活と望郷の念から次第に病気(統合失調症)は深刻になっていきました。そしてとうとう実家李家の要望で離婚させられてしまいます。ここでは、対馬藩のながれと宗武志の人生についてお話します。
第2回11月17日(土) (1)黒田雅子の思惑―宗武志の心配 (2)大山清子の思惑―親日国の源泉
詳細:●黒田雅子は、旧久留里藩3万石の藩主の娘で、宗武志の姪でした。1934 年(昭和9 年)、この女性がエチオピア帝国のハイレ・セラシェ皇帝の従弟アラヤ・アベベ皇太子の妃に正式決定した人でした。当時日本中にセンセ-ショナルな話題をさらいましたが、結局破断になってしまうのでした。驚いたことに、その結婚を妨害したのは、イタリア?でした。ここでは、その全貌をお話しします。
●中東のオマーン王国は、大の親日国です。そこには、オマーン王室に嫁いだ一人の日本人女性の存在がありました。
第3回12月 8日(土) 真田幸村に学ぶリーダーの資質と人間形成―人質の弊害
詳細:真田幸村は、大坂の陣で日本中に武名を轟かせました。それは、徳川家康を追い詰め、家康を悩ませたからです。ここでは、幸村の長い人質時代がその後の幸村の人生にどれほど影響を及ぼしたのか、幸村のリーダー像に迫ります。
現代は混沌とした時代です。一方、歴史を見つめ歴史をひも解くと、歴史はいろいろなことを教えてくれます。このシリーズでは、さまざまな時代を生きぬいた為政者やある面で有名な人をとりあげ、彼らの足跡を辿ります。究極の問題が発生したとき、為政者やその人は、どのような事を考え、どのような行動をとったのか、そしてその難局をどのように乗り切っていったのか、究極の人間の行動をとらえます。人は困難に遭遇すると本質を表出します。歴史を題材に、ビジネスマンに必要なもの、生活者にとって大切なもの、その本質を追求します。
【講座スケジュール】
第1回10月20日(土) 宗武志の苦難―今日も妻は大丈夫か?
詳細:旧対馬藩(10 万石格)の第18 代藩主宗武志(宗家36 代当主)は、今日も妻のことが心配でした。妻は、1931 年(昭和6年)朝鮮王朝の最後の王女として、国策で日本(対馬)に嫁いで来た人でした。慣れない生活と望郷の念から次第に病気(統合失調症)は深刻になっていきました。そしてとうとう実家李家の要望で離婚させられてしまいます。ここでは、対馬藩のながれと宗武志の人生についてお話します。
第2回11月17日(土) (1)黒田雅子の思惑―宗武志の心配 (2)大山清子の思惑―親日国の源泉
詳細:●黒田雅子は、旧久留里藩3万石の藩主の娘で、宗武志の姪でした。1934 年(昭和9 年)、この女性がエチオピア帝国のハイレ・セラシェ皇帝の従弟アラヤ・アベベ皇太子の妃に正式決定した人でした。当時日本中にセンセ-ショナルな話題をさらいましたが、結局破断になってしまうのでした。驚いたことに、その結婚を妨害したのは、イタリア?でした。ここでは、その全貌をお話しします。
●中東のオマーン王国は、大の親日国です。そこには、オマーン王室に嫁いだ一人の日本人女性の存在がありました。
第3回12月 8日(土) 真田幸村に学ぶリーダーの資質と人間形成―人質の弊害
詳細:真田幸村は、大坂の陣で日本中に武名を轟かせました。それは、徳川家康を追い詰め、家康を悩ませたからです。ここでは、幸村の長い人質時代がその後の幸村の人生にどれほど影響を及ぼしたのか、幸村のリーダー像に迫ります。
講師陣
名前 | 佐藤 敏彦 |
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肩書き | - |
プロフィール | 株式会社パスエイド代表取締役、東京理科大学生涯教育センター講師 明治大学リバティーアカデミー講師、歴史研究家 1952 年茨城県生まれ。横浜国立大学経営学部卒業。日立金属株式会社・日立エンジニアリング株式会社・株式会社日立情報制御ソリュ-ションズを経て独立。日立系企業に35 年勤めそのうち30 年を人事教育畑に従事。現在は、人事院・防衛省・東京都・横浜市・キャノン・NTT などで研修講師を務める。また、歴史をテ-マにした講演を大学や全国の商工会議所・法人会等で展開している。 |